先日地下鉄に乗っていたら、ティム・オブライエンの"Things They Carried"(邦題『本当の戦争の話をしよう』)を読んでいるティーンエイジの女の子がいた。それだけの話なのだけれど、それが僕の大好きな小説なもんだから、なんだかそれだけでうれしくなった。
オブライエンは僕にとって特別な作家の一人で、とくに全米図書賞を受賞した"Going After Cacciato"(『カチアートを追跡して』) からは本当にたくさんのことを学んだ。想像力の豊かさと、それが作品の中で飛翔する様は悲しいほどに美しい。悲しいほどに美しいというのは、その想像力がただ無目的に奔流しているわけではないからだ。彼の想像力は、まるでそれを縛る鎖からだんだんと解き放たれるかのように、少しずつその自由さを増し、高く飛び、美しく舞う。その様を追いながら物語を読み進めるというのは、とても素晴らしい経験だ。そして読者はいつしか、想像力とは時に人を殺しもするし、生かしもするものだということを知るだろう。オブライエンがここで為した仕事の意味はとても大きい。ちょっと大げさかもしれないけれど、僕は歴史的な傑作だと思っている。
"Things They Carried"は僕が始めて読んだ彼の本。ベトナム戦争を扱った短編集で、これも『カチアート』に負けず劣らず素晴らしい。始めて読んだ時は素晴らしすぎて、ちょっと震えた。そんな風にオブライエンにやられてしまったのは僕だけではなくて、作家のボビー・アン・メイソンは「ここ十年で読んだ全てのストーリーのうちで、ティム・オブライエンのThings They Carriedが一番衝撃的だった。それは私をノックダウンさせたんだよ、ちょうど100ポンドのリュックサックが私に投げつけられたみたいに」、と言っている。
ここに収められている短篇はどれもすごく良いのだけれど、僕のお気に入りは表題作の"The Things They Carried"、"On the Rainy River"、翻訳版表題作の"How to Tell a True War Story"、そして"Speaking of Courage"といったところ。オブライエンは時にあまり技量のある作家ではないと言われるし、それは当たらずも遠からずという感じで間違ってはいないのだけれど、上記の作品に限って言えばそんな批判は全く当てはまらないと断言できる。ここでの彼はベストだ。彼は言いたいことをそのまま言うのではなく、その言いたいことの回りにあることを丁寧に語りながら、逆にその真ん中にある「語られずに残されたこと」が何であるのか浮き彫りにする。それらの物語は読むことの楽しみを思い出させてくれるし、物語の役割も教えてくれる。
この本の中で一番感銘的な文章を挙げろといわれたら、間違いなく以下の文章になる。
That's a true story that never happened. (これは実際には起こらなかった本当の話だ。)
同じようなことを画家パウル・クレーもどこかで言っていた。画家は目に見えないものを目に見えるようにしなければならない。形而上学の話をするつもりはないけれど、実際に起こったことや実際に目に見えることが真であるとは限らない。オブライエンは常に実際に起こったことの裏、あるいはその奥にある物事の真の姿を探している。ここに小説や物語の役割があるのではないかと僕は思う。事実と真実には大きな差がある。真実はいつも事実の影に隠れてその姿を簡単には見せてくれない。小説家は物語を語りながらその真実を暴露するのだ。この時期のオブライエンはその使命に燃えているようにすら見える。 さらに言うと、オブライエンには事実と真実の間を取り持つ類稀なバランス感覚がある。つまり彼はただ事実を蔑ろにしながら闇雲に真実を追うのではなく、その間をまるで綱渡りをするように描くのだ。これはある意味でとても危険な試みなのだけれど、彼は時に風に煽られふらつきながらも、その離れ業をやってのけている。
英語では小説を総称してフィクションと呼ぶ。フィクションとはもちろん虚構のことだ。だけれどその虚構を通して真実を暴露するというパラドックスが小説というものの性格には内在している。優れた小説は全て優れた虚構だ。そしてオブライエンの物語は、それが比類なく優れた虚構であるがゆえに素晴らしい。
"A thing may happen and be a total lie; another thing may not happen and be truer than the truth." (あることが起こり、それが全くの嘘っぱちであるかもしれない。ある他のことは起こらないかもしれない、けれどそれが真実よりももっと真実かもしれないんだ。)

0 件のコメント:
コメントを投稿