最近久しぶりにトマス・ピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』を読んだ。ピンチョンを最後に読んで5年は経っているのではないかと思う。前回読んだ時はただ単に苦行をしているような気分ですらあったけれど、今回はちょっと違った。もちろん彼の作品はタフだし、特に英語の原文で読む場合にはかなりの集中力がいる。でもあの読感はやっぱり彼独特だ。ちょっと他では味わえない。彼の小説を読むときは、緊張するし体力を使う。僕が学部生の時、文献講読のゼミでフィヒテの『全知識学の基礎』を読んでいた。その時先生が「フィヒテを読むためには読むほうもそれなりの準備がいる。読むほうもテンションを挙げて、ある意味ではハイにならないと彼にはついていけない」と言っていたけれど、ピンチョンについても同じようなことが言えると思う。ベッドに横になってとか、地下鉄での移動中にとかでは彼の世界には着いていけない。しっかり椅子に座って、なんなら読む前にニンニクを何粒か食べて、鼻息を荒く読むのがピンチョンだ。彼は僕に完全装備の軍服を思い起こさせる。彼の小説は武装している。彼の洞察と知識、それと文学的意図で完全武装している。とてもマッチョな小説だ。それを読み込むのは骨が折れる。読後には独特の疲労感が残る。それは勝負の決闘の疲労だ。読者は完全武装の軍人と一対一でやり合わなければならない。だからこそ読後感は他に変えがたい。もちろん初読ですべてがクリアーになんてならないし、頭の中が?で一杯になったっておかしくない。でも読後に腹の奥に残るズシッとした重量感はピンチョンならではだ。
それを考えると、やっぱりポール・オースターという人はポストモダニスト(こういう用語はあまり好きではないのだけれど便宜的に)としてとても異質なんだなぁと思う。『幽霊たち』のあとがきで柴田元幸さんがオースターを「エレガントな前衛」と称していたけど、本当にそれは稀なことなのだと思い知った。オースターの作品はとても洗練されているし、セクシーさすらある。ピンチョンが完全武装の軍服だとしたら、オースターはパリッとしたタキシードだ。彼の作品には一目で魅了されてしまう。読者(仮に女性の読者だとして)は彼の小説とアッパー・イーストあたりのパーティで出会って、そのセクシーさに打たれ、一緒にマティーニを啜りながら会話を楽しみ、家に帰ってからも素敵な小説だったと思い出に浸るかもしれない。読者にそういった経験をさせるのは間違いなくオースターの魅力の一つだ。でもそれだけがオースター作品の全貌ではない。他の読者はパーティの後、彼の小説と夜を共にするかもしれない。そこで彼女はそのタキシードを少しずつ脱がすだろう。そうするとそのタキシードの下で、彼が武装しているのに気づく。彼女はその知識と洞察、文学的意図を目撃し、体験するだろう。オースター小説を読むという行為は、だからセックスをするのと似ている。読後には高揚感があり、疲労があり、そして痛みが残る。これはやっぱりオースターならではだ。
というような話をアメリカ人女性の友人に話したら、「私は個人的にタキシードより軍服のほうがセクシーだと思うわ」と言われた。この感覚はアメリカ人と日本人と差かなと思っていたけれど、なるほどよくよく考えてみると、戦時の軍服ではなくて正装としての軍服はエレガントですよね。でもピンチョンの場合はもろ戦時の軍服で、顔に泥を塗って、体中に弾薬を巻きつけているイメージです。そういうのはさすがにセクシーとは言いませんよね?
2008年4月17日木曜日
最近のポール・オースター
ニューヨーク三部作(『シティ・オブ・グラス』、『幽霊たち』、『鍵のかかった部屋』)で鮮烈なデビューを飾ったポール・オースターは今や押しも押されぬ大作家となった。本国アメリカだけではなく、ヨーロッパ各国、それからもちろん日本でも彼の小説は世界中で読まれている。僕も柴田元幸さんの訳で初めて『幽霊たち』を読んだ時はものすごく面白くて、読み終わってすぐに本屋に走り刊行中だったオースターの翻訳本をとりあえず全部買った。そんなことをしたのはカポーティの短編集『夜の樹』を初めて読んだ時以来で、僕はオースターに対してカポーティと同等の才能の煌きを感じた。これはものすごい作家だ、と少し興奮しながら本屋に走ったのを覚えている。
でも実を言うと、ニューヨーク三部作以降の作品は、彼の才能は認めつつも、それほど、というか僕が期待したほど、僕を引きつけなかった。もちろん期待が大きすぎたこともあると思う。でも一番の原因は、どの作品も面白いのだけれど、それらの物語に今一つクレジットがないというところにあるのではないだろうか。クレディビリティーは小説において想像以上に重要で、それがどんなに突飛なファンタジーであれ、小説的リアリティーを持たすためには欠かせないものだ。オースターの物語の多くはその話の展開を「偶然」に頼っているのだけれど、多くの場合僕にはその「偶然」がとても不自然に映った。なんだか無理やりだな、という印象が拭いきれなかった。特に名作『ムーンパレス』で起こる強引なほどの偶然は、それが名作なだけに、僕としてはすごく残念だった。もうちょっと上手いやり方があるんじゃないかなと思った。柴田さんがその強引な偶然を「愛の伝達」という文脈で言及されている読んで、それはそれで「なるほど」と思ったけれど、やっぱり読書の楽しみを第一に考えると、ここにはマイナス点が付くと僕は思う。読者をクレディビリティーの点で立ち止まらせてしまうのは、やはり避けるべきことだ。
そういう意味で『リヴァイアサン』は素晴らしい作品だった。この物語の中でもオースター流の偶然が起こるのだけれど、それが彼の初期作品の中に特徴的だった推理小説的な要素とうまい具合に混ざり合って、とても効果的に機能している。それほど話題になる作品じゃないのかもしれないけれど、僕はここに一つのオースターの成熟が見れると思う。
それ以降のオースター、映画の世界にのめりこんだりして、暫くの間小説を書かなかった時期がある。そして(僕にとっては)長い沈黙を破って出版されたのが"Timbukutu"、"The Book of Illusion"、"The Oracle Night"、"The Blooklyn Follies"、それからまだ僕は読んでいないけれど"Travels in the Scriptorium"だ。これらの作品に共通しているのは初老の男性が主人公なこと。オースターはこの五作は「枯れた男の五部作」と呼んでいるらしいのだけれど、僕は今のところこれらの作品に以前のような作品としての強さを感じられないでいる。読めばとても面白い、でも正直言ってもう一度読もうとはあまり思わない。読んでいて少しがっかりしたことだってある。
僕としてはこれらの小説は過渡的段階にあるように思える。これらの小説は傑作ではないけれど、傑作を予感させる作品だ。だから僕はまだ読んでいない"Travels in the Scriptorium"を読もうか読まないかいつも迷ってしまう。また過渡的段階にある作品だったらと思うとあまり買う気がしないし、もし『リヴァイアサン』のようにまた新たな成熟が見れるならと思うとすぐにでも読みたくもある。そして今日も僕はその二つの間で揺れ動きながら、最近ペーパーバック化された"Travels"の前で買うべきか買わないべきかずっと悩んでしまった。
今年の秋にはまた新作が出版される予定らしい。ほぼ同時期のブルックリン・ブック・フェスティバルにはゲストとして名前を連ねているし、僕としてはそれまでにもう一度彼の作品を読み直して、何が彼(あるいは僕)にとってイシューとなっているのか考えてみたいと思っている。
でも実を言うと、ニューヨーク三部作以降の作品は、彼の才能は認めつつも、それほど、というか僕が期待したほど、僕を引きつけなかった。もちろん期待が大きすぎたこともあると思う。でも一番の原因は、どの作品も面白いのだけれど、それらの物語に今一つクレジットがないというところにあるのではないだろうか。クレディビリティーは小説において想像以上に重要で、それがどんなに突飛なファンタジーであれ、小説的リアリティーを持たすためには欠かせないものだ。オースターの物語の多くはその話の展開を「偶然」に頼っているのだけれど、多くの場合僕にはその「偶然」がとても不自然に映った。なんだか無理やりだな、という印象が拭いきれなかった。特に名作『ムーンパレス』で起こる強引なほどの偶然は、それが名作なだけに、僕としてはすごく残念だった。もうちょっと上手いやり方があるんじゃないかなと思った。柴田さんがその強引な偶然を「愛の伝達」という文脈で言及されている読んで、それはそれで「なるほど」と思ったけれど、やっぱり読書の楽しみを第一に考えると、ここにはマイナス点が付くと僕は思う。読者をクレディビリティーの点で立ち止まらせてしまうのは、やはり避けるべきことだ。
そういう意味で『リヴァイアサン』は素晴らしい作品だった。この物語の中でもオースター流の偶然が起こるのだけれど、それが彼の初期作品の中に特徴的だった推理小説的な要素とうまい具合に混ざり合って、とても効果的に機能している。それほど話題になる作品じゃないのかもしれないけれど、僕はここに一つのオースターの成熟が見れると思う。
それ以降のオースター、映画の世界にのめりこんだりして、暫くの間小説を書かなかった時期がある。そして(僕にとっては)長い沈黙を破って出版されたのが"Timbukutu"、"The Book of Illusion"、"The Oracle Night"、"The Blooklyn Follies"、それからまだ僕は読んでいないけれど"Travels in the Scriptorium"だ。これらの作品に共通しているのは初老の男性が主人公なこと。オースターはこの五作は「枯れた男の五部作」と呼んでいるらしいのだけれど、僕は今のところこれらの作品に以前のような作品としての強さを感じられないでいる。読めばとても面白い、でも正直言ってもう一度読もうとはあまり思わない。読んでいて少しがっかりしたことだってある。
僕としてはこれらの小説は過渡的段階にあるように思える。これらの小説は傑作ではないけれど、傑作を予感させる作品だ。だから僕はまだ読んでいない"Travels in the Scriptorium"を読もうか読まないかいつも迷ってしまう。また過渡的段階にある作品だったらと思うとあまり買う気がしないし、もし『リヴァイアサン』のようにまた新たな成熟が見れるならと思うとすぐにでも読みたくもある。そして今日も僕はその二つの間で揺れ動きながら、最近ペーパーバック化された"Travels"の前で買うべきか買わないべきかずっと悩んでしまった。
今年の秋にはまた新作が出版される予定らしい。ほぼ同時期のブルックリン・ブック・フェスティバルにはゲストとして名前を連ねているし、僕としてはそれまでにもう一度彼の作品を読み直して、何が彼(あるいは僕)にとってイシューとなっているのか考えてみたいと思っている。
2008年4月2日水曜日
カート・ヴォネガットの死から1年経って
カート・ヴォネガットが死んでからもうすぐ1年になる。それは2007年の4月11日で、彼は84歳だった。作家の死というものを一読者がどのように受け止めるべきなのか僕にはよく分からない。でもその死は僕が受け止めた最初の愛読する現役作家の死で、やっぱり僕はショックを受けたし、誤解を恐れずに言うと、興奮すらした。あれほど偉大な作家も死ぬのだ、それも僕が生きている間に。僕が愛読する多くの作家は僕が読み始めた頃には死んでいるか、あるいはまだ現役で作品を発表し続けている。ヴォネガットは掛け値なしに最高の作家で、もちろん作品と作家とは区別して論じられるべきだけれど、それでもそれは一人の偉大なる者の死だった。僕はその時代に立ち会ったのだ。それは今考えても興奮する出来事だと思う。 でもその興奮の原因は僕という偶然的個人に帰するところであって、例えばサガンなんかが死んだ時は僕はそれほど大きな感慨は抱かなかった。
正直に言うとヴォネガットの後期作品にはそれほど僕は魅力を感じない。だけれど、彼がそのキャリアを確立させた前期作品はそれを補って余りある。いや、本当に最高なんです。特に『タイタンの妖女』、『猫のゆりかご』の二作品には小説の素晴らしさの全てが詰まっていると僕は信じている。彼の作品を多く翻訳している浅倉久志は『タイタンの妖女』のあとがきにヴォネガットについてこんなことを書いている。
とても話上手なおじさんが、とぼけた口調で面白おかしい物語を聞かせてくれます。どうしようもないほどバカな人間たちの演じる、時にはグロテスクで、時には悲しく、時には美しい、しかしつねに滑稽である物語です。腹をかかえて笑いころげながら、聴き手はいつのまにかしんみりとなにかを考えさせられてしまいます。おじさんは、この世界で人間たちのやらかしているバカな行いに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きなのです。(中略)どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりでくるんだりした滑稽な作り話で、聴き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聴き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものがかきたてられたら、とねがっている―
ヴォネガットの作品の素晴らしい点は、彼の宇宙的に広がる途方もない想像力とニヒリステッィシュな視点、愛すべきユーモアのセンス、そして人間への優しき視線の絶妙な融合とバランスにある。彼の創出する世界はいつも絶望的でありながら、暖かな優しさに包まれている。浅倉久志が言うとおり、読者はその世界に絡め取られながら、不思議な安堵感を覚える、僕たちはバカでどうしようもないけれどそれは間違ったことじゃないんだ、そんな風に感じる。僕たちの存在は小さくて小さくて、どうしようもないぐらい意味がないんだということを確信させられながら、同時にそれでもいいんだと感じさせられる。それは決して人間の愚かしさの、小ささの肯定ではない、赦しなのだ。とてもとても優しい赦しなのだ。ヴォネガットのどうしようもない魅力はそこにある。少なくとも僕はそこに魅了されるし、強く心が締め付けられる思いをする。
そのヴォネガットが死んでもうすぐ1年が経つ。そして僕は今でも彼の死に対してどのような感想を抱けば良いのか分からないでいる。それでも僕は彼が幾つもの素晴らしい作品を残してくれたことに、極めて個人的に、感謝している。そしていつか彼の作品についてまとまった論文か何かを書ければと願っている。きっとそれはニヒリズムとキリスト教批判の視点からニーチェと彼の関係を追及するものになるだろうけれど、実はそれは彼の作品を楽しむ上で何の意味もないことも分かっている。それを分かっていながら何か恩返しがしたい、僕はこの1年ヴォネガットに対して常々そう思ってきた。
僕はこれからも彼の作品を何度も再読することになると思う。その度に彼は僕を笑わせてくれるだろうし、赦してくれるだろう。本来作家と読者の関係なんてものには何の意味もない。でもいつかヴォネガットに会えたら言ってみたい言葉が僕には一つある。
ピース。
正直に言うとヴォネガットの後期作品にはそれほど僕は魅力を感じない。だけれど、彼がそのキャリアを確立させた前期作品はそれを補って余りある。いや、本当に最高なんです。特に『タイタンの妖女』、『猫のゆりかご』の二作品には小説の素晴らしさの全てが詰まっていると僕は信じている。彼の作品を多く翻訳している浅倉久志は『タイタンの妖女』のあとがきにヴォネガットについてこんなことを書いている。
とても話上手なおじさんが、とぼけた口調で面白おかしい物語を聞かせてくれます。どうしようもないほどバカな人間たちの演じる、時にはグロテスクで、時には悲しく、時には美しい、しかしつねに滑稽である物語です。腹をかかえて笑いころげながら、聴き手はいつのまにかしんみりとなにかを考えさせられてしまいます。おじさんは、この世界で人間たちのやらかしているバカな行いに、腹が立って、悲しくてならないけれども、それでいて、そんな人間たちが大好きなのです。(中略)どうしようもなくバカな人間たちの姿を時には誇張したり、時にはいたわりでくるんだりした滑稽な作り話で、聴き手を笑わせながら、その笑いをつうじて、聴き手の心に、ほんの束の間でもいい、人間どうしのつながり、思いやり、といったものがかきたてられたら、とねがっている―
ヴォネガットの作品の素晴らしい点は、彼の宇宙的に広がる途方もない想像力とニヒリステッィシュな視点、愛すべきユーモアのセンス、そして人間への優しき視線の絶妙な融合とバランスにある。彼の創出する世界はいつも絶望的でありながら、暖かな優しさに包まれている。浅倉久志が言うとおり、読者はその世界に絡め取られながら、不思議な安堵感を覚える、僕たちはバカでどうしようもないけれどそれは間違ったことじゃないんだ、そんな風に感じる。僕たちの存在は小さくて小さくて、どうしようもないぐらい意味がないんだということを確信させられながら、同時にそれでもいいんだと感じさせられる。それは決して人間の愚かしさの、小ささの肯定ではない、赦しなのだ。とてもとても優しい赦しなのだ。ヴォネガットのどうしようもない魅力はそこにある。少なくとも僕はそこに魅了されるし、強く心が締め付けられる思いをする。
そのヴォネガットが死んでもうすぐ1年が経つ。そして僕は今でも彼の死に対してどのような感想を抱けば良いのか分からないでいる。それでも僕は彼が幾つもの素晴らしい作品を残してくれたことに、極めて個人的に、感謝している。そしていつか彼の作品についてまとまった論文か何かを書ければと願っている。きっとそれはニヒリズムとキリスト教批判の視点からニーチェと彼の関係を追及するものになるだろうけれど、実はそれは彼の作品を楽しむ上で何の意味もないことも分かっている。それを分かっていながら何か恩返しがしたい、僕はこの1年ヴォネガットに対して常々そう思ってきた。
僕はこれからも彼の作品を何度も再読することになると思う。その度に彼は僕を笑わせてくれるだろうし、赦してくれるだろう。本来作家と読者の関係なんてものには何の意味もない。でもいつかヴォネガットに会えたら言ってみたい言葉が僕には一つある。
ピース。
2008年3月21日金曜日
実際には起こらなかった本当の物語
先日地下鉄に乗っていたら、ティム・オブライエンの"Things They Carried"(邦題『本当の戦争の話をしよう』)を読んでいるティーンエイジの女の子がいた。それだけの話なのだけれど、それが僕の大好きな小説なもんだから、なんだかそれだけでうれしくなった。
オブライエンは僕にとって特別な作家の一人で、とくに全米図書賞を受賞した"Going After Cacciato"(『カチアートを追跡して』) からは本当にたくさんのことを学んだ。想像力の豊かさと、それが作品の中で飛翔する様は悲しいほどに美しい。悲しいほどに美しいというのは、その想像力がただ無目的に奔流しているわけではないからだ。彼の想像力は、まるでそれを縛る鎖からだんだんと解き放たれるかのように、少しずつその自由さを増し、高く飛び、美しく舞う。その様を追いながら物語を読み進めるというのは、とても素晴らしい経験だ。そして読者はいつしか、想像力とは時に人を殺しもするし、生かしもするものだということを知るだろう。オブライエンがここで為した仕事の意味はとても大きい。ちょっと大げさかもしれないけれど、僕は歴史的な傑作だと思っている。
"Things They Carried"は僕が始めて読んだ彼の本。ベトナム戦争を扱った短編集で、これも『カチアート』に負けず劣らず素晴らしい。始めて読んだ時は素晴らしすぎて、ちょっと震えた。そんな風にオブライエンにやられてしまったのは僕だけではなくて、作家のボビー・アン・メイソンは「ここ十年で読んだ全てのストーリーのうちで、ティム・オブライエンのThings They Carriedが一番衝撃的だった。それは私をノックダウンさせたんだよ、ちょうど100ポンドのリュックサックが私に投げつけられたみたいに」、と言っている。
ここに収められている短篇はどれもすごく良いのだけれど、僕のお気に入りは表題作の"The Things They Carried"、"On the Rainy River"、翻訳版表題作の"How to Tell a True War Story"、そして"Speaking of Courage"といったところ。オブライエンは時にあまり技量のある作家ではないと言われるし、それは当たらずも遠からずという感じで間違ってはいないのだけれど、上記の作品に限って言えばそんな批判は全く当てはまらないと断言できる。ここでの彼はベストだ。彼は言いたいことをそのまま言うのではなく、その言いたいことの回りにあることを丁寧に語りながら、逆にその真ん中にある「語られずに残されたこと」が何であるのか浮き彫りにする。それらの物語は読むことの楽しみを思い出させてくれるし、物語の役割も教えてくれる。
この本の中で一番感銘的な文章を挙げろといわれたら、間違いなく以下の文章になる。
That's a true story that never happened. (これは実際には起こらなかった本当の話だ。)
同じようなことを画家パウル・クレーもどこかで言っていた。画家は目に見えないものを目に見えるようにしなければならない。形而上学の話をするつもりはないけれど、実際に起こったことや実際に目に見えることが真であるとは限らない。オブライエンは常に実際に起こったことの裏、あるいはその奥にある物事の真の姿を探している。ここに小説や物語の役割があるのではないかと僕は思う。事実と真実には大きな差がある。真実はいつも事実の影に隠れてその姿を簡単には見せてくれない。小説家は物語を語りながらその真実を暴露するのだ。この時期のオブライエンはその使命に燃えているようにすら見える。 さらに言うと、オブライエンには事実と真実の間を取り持つ類稀なバランス感覚がある。つまり彼はただ事実を蔑ろにしながら闇雲に真実を追うのではなく、その間をまるで綱渡りをするように描くのだ。これはある意味でとても危険な試みなのだけれど、彼は時に風に煽られふらつきながらも、その離れ業をやってのけている。
英語では小説を総称してフィクションと呼ぶ。フィクションとはもちろん虚構のことだ。だけれどその虚構を通して真実を暴露するというパラドックスが小説というものの性格には内在している。優れた小説は全て優れた虚構だ。そしてオブライエンの物語は、それが比類なく優れた虚構であるがゆえに素晴らしい。
"A thing may happen and be a total lie; another thing may not happen and be truer than the truth." (あることが起こり、それが全くの嘘っぱちであるかもしれない。ある他のことは起こらないかもしれない、けれどそれが真実よりももっと真実かもしれないんだ。)
オブライエンは僕にとって特別な作家の一人で、とくに全米図書賞を受賞した"Going After Cacciato"(『カチアートを追跡して』) からは本当にたくさんのことを学んだ。想像力の豊かさと、それが作品の中で飛翔する様は悲しいほどに美しい。悲しいほどに美しいというのは、その想像力がただ無目的に奔流しているわけではないからだ。彼の想像力は、まるでそれを縛る鎖からだんだんと解き放たれるかのように、少しずつその自由さを増し、高く飛び、美しく舞う。その様を追いながら物語を読み進めるというのは、とても素晴らしい経験だ。そして読者はいつしか、想像力とは時に人を殺しもするし、生かしもするものだということを知るだろう。オブライエンがここで為した仕事の意味はとても大きい。ちょっと大げさかもしれないけれど、僕は歴史的な傑作だと思っている。
"Things They Carried"は僕が始めて読んだ彼の本。ベトナム戦争を扱った短編集で、これも『カチアート』に負けず劣らず素晴らしい。始めて読んだ時は素晴らしすぎて、ちょっと震えた。そんな風にオブライエンにやられてしまったのは僕だけではなくて、作家のボビー・アン・メイソンは「ここ十年で読んだ全てのストーリーのうちで、ティム・オブライエンのThings They Carriedが一番衝撃的だった。それは私をノックダウンさせたんだよ、ちょうど100ポンドのリュックサックが私に投げつけられたみたいに」、と言っている。
ここに収められている短篇はどれもすごく良いのだけれど、僕のお気に入りは表題作の"The Things They Carried"、"On the Rainy River"、翻訳版表題作の"How to Tell a True War Story"、そして"Speaking of Courage"といったところ。オブライエンは時にあまり技量のある作家ではないと言われるし、それは当たらずも遠からずという感じで間違ってはいないのだけれど、上記の作品に限って言えばそんな批判は全く当てはまらないと断言できる。ここでの彼はベストだ。彼は言いたいことをそのまま言うのではなく、その言いたいことの回りにあることを丁寧に語りながら、逆にその真ん中にある「語られずに残されたこと」が何であるのか浮き彫りにする。それらの物語は読むことの楽しみを思い出させてくれるし、物語の役割も教えてくれる。
この本の中で一番感銘的な文章を挙げろといわれたら、間違いなく以下の文章になる。
That's a true story that never happened. (これは実際には起こらなかった本当の話だ。)
同じようなことを画家パウル・クレーもどこかで言っていた。画家は目に見えないものを目に見えるようにしなければならない。形而上学の話をするつもりはないけれど、実際に起こったことや実際に目に見えることが真であるとは限らない。オブライエンは常に実際に起こったことの裏、あるいはその奥にある物事の真の姿を探している。ここに小説や物語の役割があるのではないかと僕は思う。事実と真実には大きな差がある。真実はいつも事実の影に隠れてその姿を簡単には見せてくれない。小説家は物語を語りながらその真実を暴露するのだ。この時期のオブライエンはその使命に燃えているようにすら見える。 さらに言うと、オブライエンには事実と真実の間を取り持つ類稀なバランス感覚がある。つまり彼はただ事実を蔑ろにしながら闇雲に真実を追うのではなく、その間をまるで綱渡りをするように描くのだ。これはある意味でとても危険な試みなのだけれど、彼は時に風に煽られふらつきながらも、その離れ業をやってのけている。
英語では小説を総称してフィクションと呼ぶ。フィクションとはもちろん虚構のことだ。だけれどその虚構を通して真実を暴露するというパラドックスが小説というものの性格には内在している。優れた小説は全て優れた虚構だ。そしてオブライエンの物語は、それが比類なく優れた虚構であるがゆえに素晴らしい。
"A thing may happen and be a total lie; another thing may not happen and be truer than the truth." (あることが起こり、それが全くの嘘っぱちであるかもしれない。ある他のことは起こらないかもしれない、けれどそれが真実よりももっと真実かもしれないんだ。)
2008年3月6日木曜日
マリー・カポネグロのものすごい短篇『スター・カフェ』
マリー・カポネグロという作家の『スター・カフェ』という短篇を読んだ。この人はたぶん日本では全く知られていないし、アメリカでもそれほど知名度のある人じゃない。それでもこの『スター・カフェ』といいう小説はすごかった。ショックを受けるような小説に出会う経験というのはとても貴重だけれど、貴重である分その頻度も多くはない。村上春樹はどこかでアーヴィングの『ガープの世界』や『ホテル・ニューハンプシャー』を称して「直下型地震」のような衝撃を与える小説と書いていたけれど、この『スター・カフェ』もそのぐらいの衝撃がある。ジョン・ホークスが言うように、extraordinary(ものすごい)という形容がぴったりだと思う。
この小説は、例えるならばカポーティの『ミリアム』をもっともっと内的、外的に複雑にして、それを病的なまでのエロチズムで仕上げたような、かなりの問題作。この小説世界にすんなりと入って行くのはほぼ不可能と思われるほど実験的な小説です。でもそれがただの実験に終わっていないのがすごいところで、カポネグロはエレガントなまでにこの小説を完成させている。並みの作家が同じようなことをやろうとしたら、なんとなく力技のようになってしまって、わざとらしさが目立ちそうなものだけど、彼女の小説からはそういった力みが感じられない。この辺はオースターの初期作品あたりを思い浮かばせる。
例えば、主人公のキャロルが、鏡で四方を囲まれた部屋の中でその鏡の中の男とセックスをするシーンがある。男はただ鏡の中に存在するだけで、鏡の外側に、鏡のリフレクションの対象としては存在しない。ここは安易な要約が不可能な、多義的に膨れ上がるとても優れた場面なのだけれど、この場面は多くの読者はとても居心地が悪くしてしまうのではないかと思う。ポイントはその居心地の悪さが不快なものではにこと。それは深い内省を促すような不思議な居心地の悪さなのです。
僕たちが描写的な文章を読むとき、恐らく誰もが無意識にその場面のイメージをビジョンとして頭に浮かべているのではないかと思う。でも『スター・カフェ』の前述のシーンは完全にそれを拒否している。一人の女性がベッドの上で、鏡の中にしか存在しない男とセックスしているシーンを僕たちはどのようにビジョン化すればよいのだろうか?さらに言うと、鏡という概念、存在は常に視覚の概念と関係づいているために、読書は常にそのシーンのビジョン化の誘惑に突き動かされる。そしてそれは常に拒否されるのだ。このシーンだけではない。この短篇はとてもフィジカルでありながら、同時にコンセプチュアルでもある。その小説世界に絡みとられたとき、読者はとても不思議な居心地の悪さに襲われる。
詩にエクフレーシズという、簡単に言うと、視覚世界を言語に置き換えるジャンルがあるように、もともと視覚と言語は切り離せないな共犯関係にある。カポネグロのこの『スター・カフェ』という短篇はその関係の反省的な認識を促しているように思える。その精密に作り上げられた言語世界は情景の描写の様でありながら、実は言語そのもの描写とも言えるかもしれない。それは言うならば、肉体化した言語の世界だ。
僕がここで触れたのはこの短篇の一つの側面に過ぎません。これは突っ込みどころが満載の本当にものすごい小説で、性や自己認識のあり方をとても丁寧に扱った中身の濃い、抜群に優れた作品だと思う。
いつか日本にも紹介されたらいいと思うけど、この小説の翻訳はかなり難しいだろうな・・・。
この小説は、例えるならばカポーティの『ミリアム』をもっともっと内的、外的に複雑にして、それを病的なまでのエロチズムで仕上げたような、かなりの問題作。この小説世界にすんなりと入って行くのはほぼ不可能と思われるほど実験的な小説です。でもそれがただの実験に終わっていないのがすごいところで、カポネグロはエレガントなまでにこの小説を完成させている。並みの作家が同じようなことをやろうとしたら、なんとなく力技のようになってしまって、わざとらしさが目立ちそうなものだけど、彼女の小説からはそういった力みが感じられない。この辺はオースターの初期作品あたりを思い浮かばせる。
例えば、主人公のキャロルが、鏡で四方を囲まれた部屋の中でその鏡の中の男とセックスをするシーンがある。男はただ鏡の中に存在するだけで、鏡の外側に、鏡のリフレクションの対象としては存在しない。ここは安易な要約が不可能な、多義的に膨れ上がるとても優れた場面なのだけれど、この場面は多くの読者はとても居心地が悪くしてしまうのではないかと思う。ポイントはその居心地の悪さが不快なものではにこと。それは深い内省を促すような不思議な居心地の悪さなのです。
僕たちが描写的な文章を読むとき、恐らく誰もが無意識にその場面のイメージをビジョンとして頭に浮かべているのではないかと思う。でも『スター・カフェ』の前述のシーンは完全にそれを拒否している。一人の女性がベッドの上で、鏡の中にしか存在しない男とセックスしているシーンを僕たちはどのようにビジョン化すればよいのだろうか?さらに言うと、鏡という概念、存在は常に視覚の概念と関係づいているために、読書は常にそのシーンのビジョン化の誘惑に突き動かされる。そしてそれは常に拒否されるのだ。このシーンだけではない。この短篇はとてもフィジカルでありながら、同時にコンセプチュアルでもある。その小説世界に絡みとられたとき、読者はとても不思議な居心地の悪さに襲われる。
詩にエクフレーシズという、簡単に言うと、視覚世界を言語に置き換えるジャンルがあるように、もともと視覚と言語は切り離せないな共犯関係にある。カポネグロのこの『スター・カフェ』という短篇はその関係の反省的な認識を促しているように思える。その精密に作り上げられた言語世界は情景の描写の様でありながら、実は言語そのもの描写とも言えるかもしれない。それは言うならば、肉体化した言語の世界だ。
僕がここで触れたのはこの短篇の一つの側面に過ぎません。これは突っ込みどころが満載の本当にものすごい小説で、性や自己認識のあり方をとても丁寧に扱った中身の濃い、抜群に優れた作品だと思う。
いつか日本にも紹介されたらいいと思うけど、この小説の翻訳はかなり難しいだろうな・・・。
2008年3月5日水曜日
トバイアス・ウルフの仕事部屋
最新号の"poets & writers" の中に大変面白い、というかとても個人的に共感できるトバイアス・ウルフのインタビュー記事が載っていた。日本語には翻訳されていないと思うけれど、彼はあのレイモンド・カーヴァーとも親交があった、短篇小説の名手として知られている人で、少年時代のレオナルド・ディカプリオが主演した映画「ボーイズ・ライフ」の原作者でもあります。ちなみに「ボーイズ・ライフ」はノン・フィクション。現在はスタンフォード大の創作学科で教鞭もとっています。
彼のインタビューには色々興味深いことが書いてあったけれど(ゴードン・リッシュによるカーヴァー初期作品のハード・エディティングについての彼の意見は面白い)、僕が一番興味を持ったのは彼が物語を書くときの方法というか、物語への姿勢というかそういうこと。例えばウルフはこんなことを言っています。
「私はただ、物語を途中で放り投げてしまう習慣に陥ってしまうこと-そしてそれはとても簡単に習慣づいてしまうことなのだけれど-を恐れているんです。なぜって私が物語を書いているときは、どう考えたってそれがうまくいきそうに思えないから。例えそれが今私がどれほど誇りを持っている作品でもね。もし私が、物語がどうような方向をとるか分からない瞬間のために、物語を途中で投げ出してしまうような習慣を身に着けてしまっていたら、私はたぶんそれほど多くの作品を残してなかっただろうな。まぁ、実際私にはもともとそれほど沢山の作品はないけどね。私には長い作品リストなんてないんだ。でも恐らくそのリストは随分と短くなってたと思うよ、もし私が物事の最後まで見通す習慣を身に着けてなかったらね。」
僕なんかはこういう話を作家の口から聞くとなんとなく安心してしまう。このブログの最初の記事で書いたアーヴィングの話と比べてみて欲しい。物語の方向性に対してとても自信に満ちたマッチョでムキムキのアーヴィングとは違って、ウルフは物語の行く末がいつも見えているわけでは決してない。うまい具合に物語の方向が見えなくて、そこから逃げ出したそうになっているようにすら見える。こんなこと言うと失礼かもしれないけれど、ウルフはアーヴィングに比べてとてもひ弱で、人間味に溢れている気がする。小説を書くというのはとても楽しいことではあるけれど、決して楽じゃないのだ。同じようなことを志賀直哉も言っていた気がする。そういうことを正直に言われると、とてもホッとするのは僕だけだろうか?
だからウルフは書き物をするとき、スタンフォード大の図書館の地下にある小さな部屋に閉じこもるらしい。そこはとても孤独な空間で、窓も絵画もなく、あるのは蛍光灯だけ。電話もファックスもインターネットも、本すらない。「そこは仕事をするにはいい場所だよ」と彼は言う。そこに行くときは「自分の頭の周りをカヴァーで覆う」ようなものらしい。たぶん何か、それがどんな些細なものでも、物語の邪魔をするようなものがあったら、彼は物語から逃げ出したくなってしまうのではないだろうか。そういう物が何もない空間でウルフは自分の物語に集中し、自分の物語に最後まで徹底的に付き合っているのだと思う。そういう作家の仕事部屋を想像するのは素敵だし、そういう話をとても素直に話すことができるというのもとても素敵なことだと思う。
きっと物語にもとても正直な人なんじゃないかな。
彼のインタビューには色々興味深いことが書いてあったけれど(ゴードン・リッシュによるカーヴァー初期作品のハード・エディティングについての彼の意見は面白い)、僕が一番興味を持ったのは彼が物語を書くときの方法というか、物語への姿勢というかそういうこと。例えばウルフはこんなことを言っています。
「私はただ、物語を途中で放り投げてしまう習慣に陥ってしまうこと-そしてそれはとても簡単に習慣づいてしまうことなのだけれど-を恐れているんです。なぜって私が物語を書いているときは、どう考えたってそれがうまくいきそうに思えないから。例えそれが今私がどれほど誇りを持っている作品でもね。もし私が、物語がどうような方向をとるか分からない瞬間のために、物語を途中で投げ出してしまうような習慣を身に着けてしまっていたら、私はたぶんそれほど多くの作品を残してなかっただろうな。まぁ、実際私にはもともとそれほど沢山の作品はないけどね。私には長い作品リストなんてないんだ。でも恐らくそのリストは随分と短くなってたと思うよ、もし私が物事の最後まで見通す習慣を身に着けてなかったらね。」
僕なんかはこういう話を作家の口から聞くとなんとなく安心してしまう。このブログの最初の記事で書いたアーヴィングの話と比べてみて欲しい。物語の方向性に対してとても自信に満ちたマッチョでムキムキのアーヴィングとは違って、ウルフは物語の行く末がいつも見えているわけでは決してない。うまい具合に物語の方向が見えなくて、そこから逃げ出したそうになっているようにすら見える。こんなこと言うと失礼かもしれないけれど、ウルフはアーヴィングに比べてとてもひ弱で、人間味に溢れている気がする。小説を書くというのはとても楽しいことではあるけれど、決して楽じゃないのだ。同じようなことを志賀直哉も言っていた気がする。そういうことを正直に言われると、とてもホッとするのは僕だけだろうか?
だからウルフは書き物をするとき、スタンフォード大の図書館の地下にある小さな部屋に閉じこもるらしい。そこはとても孤独な空間で、窓も絵画もなく、あるのは蛍光灯だけ。電話もファックスもインターネットも、本すらない。「そこは仕事をするにはいい場所だよ」と彼は言う。そこに行くときは「自分の頭の周りをカヴァーで覆う」ようなものらしい。たぶん何か、それがどんな些細なものでも、物語の邪魔をするようなものがあったら、彼は物語から逃げ出したくなってしまうのではないだろうか。そういう物が何もない空間でウルフは自分の物語に集中し、自分の物語に最後まで徹底的に付き合っているのだと思う。そういう作家の仕事部屋を想像するのは素敵だし、そういう話をとても素直に話すことができるというのもとても素敵なことだと思う。
きっと物語にもとても正直な人なんじゃないかな。
2008年3月2日日曜日
ニーチェのニヒリズム(続き)
ニーチェにおいて「子供」や「遊戯」がどうのうな意味を持つのか考える前に、ニーチェが大嫌いであったカントがそれらについてどう考えていたか考えてみたい。
カントは『判断力批判』の中でこんなことを言っている。「美しいものに対する趣味の適意のみが、ひとりこれのみが、無関心で自由な適意である」(宇都宮芳明訳、以下同)。ここでカントが言っているのは、端的に言うと、美的認識における関心からの解放である。僕たちが何かを美しいと感じるとき、それは「~だから」という関心の下にはない。そういった特定の関心から自由にならなければ美的認識は成立しない。もしそうでなければ「なんら純粋な趣味判断ではない」。美しいものとの関わりとは、僕たちの関心からそれをそれ自体として自由に解き放ち、それを判断する側もまた無関心に、そして自由にそれを享受することである。またカントはこんなことも言う。「この(美しい対象の表象)によって活動させられる認識能力は、その際自由な戯れのうちにあるが、それは規定されたいかなる概念も認識能力を特殊な認識規定へと制限することがないからである。それゆえ、この表象における心の状態は、認識一般に向けられた、与えられた表象における表象諸力の自由な戯れの感情」でなければならない。ここでもニーチェ同様、「戯れ」つまり「遊戯」という概念が重要な役割を果たしているのが分かるだろう。
とてもとても簡単にカントが言っていることを要約すると、美的判断においては僕たちの認識能力がその対象のうちで「戯れ」ているということだ。遊戯とはすべての目的や意図から解き放たれた、つまり無関心で、自由な営みである。その営みにおいてのみ美的判断が成立する。目的や意図への無関心、そして認識がその規則から自由になり戯れることによって、僕たちは何かを美しいと感じる。
さて、ニーチェは永遠回帰について始めて記した覚え書きで以下のように述べる。(できれば略を交えないで紹介したいのだけれど、長いので略をまじえながら。気になる人は白水社版ニーチェ全集(第1期)、第12巻を読んでください。)
以前ならばもっとも強い刺激で夢中にさせたものが、今ではまったく違う意味を持つ。今では単なる遊戯として受け取られ、認められる。真ならざるものの中で生として原理的には否定されながらも、形式および刺激として美的に享受され、養われる。かつては人生の重大事であった物事に対してわれわれは、小児のような態度をとる。(中略)つまり、もろもろの衝動を認識の基盤として維持しながらも、そうした衝動が認識の敵対者になる地点をわきまえていること。このような生は総体としてどの程度に居心地の良いものとなるだろうか?一個の小児の遊戯であり、そしてそれを賢者の眼が眺めていることになるろう。(中略)無関心が深くわれわれのうちに働いていなけらばならない。」(三島憲一訳)
随分とトーンは違うけれど、ここでニーチェは(たぶん)自分ではそれと気づかずカントとほとんど同じことを言っています。「もろもろの衝動」という関心が美的な享受にとって「敵対者」になるとニーチェは言っている。そして美的な享受は一個の小児の遊戯であり、僕たちは無関心な状態となっている。ツァラトゥストラの語る「子供」の「聖なる肯定」の原初の形がここにある。子供にとって世界は肯定されなければならない対象ではない。つまり世界は「肯定」という関心の下にない。子供は無関心に、ひたすら自由に遊び続ける。そのように「肯定」ということが、ほとんど意味を成さないような無関心的な肯定こそを「聖なる肯定」とツァラトゥストラは言うのだ。
ニーチェにとってニヒリズムとは何よりも「否定」であったのではないかと僕は思う。キリスト教は現世を否定し、それを苦悩とし、神の国という形而上的な世界を作り上げた。現世での苦悩は神の国での幸福を得るための試練として、譲歩つきで受け入れられるものになってしまった。キリスト教においてベクトルの矢印は現世だとか現在の自己には向けられていない。その矢印が向く方向は未来の浄土であり、未来の自己だ。そしてニーチェがその生涯をかけてやろうとしたのは、そのベクトルの矢印をこの現世に、現在の自己に向けることであり、それを肯定することだったのではないだろうか。それが「聖なる肯定」であり、そしてそこにこそニヒリズムの克服を見ていたように思う。
僕たちは理想を持ち、そこに辿り着くことを自己実現だと思っている。でも本当の自己実現とは、理想の自己になることではなく、現実の自己になることだ。もしもこの世界に価値というものがあるのならば、それは頭上の理想ではなく、他の誰でもない自己であることであり、自己であったことなのだから。
カントは『判断力批判』の中でこんなことを言っている。「美しいものに対する趣味の適意のみが、ひとりこれのみが、無関心で自由な適意である」(宇都宮芳明訳、以下同)。ここでカントが言っているのは、端的に言うと、美的認識における関心からの解放である。僕たちが何かを美しいと感じるとき、それは「~だから」という関心の下にはない。そういった特定の関心から自由にならなければ美的認識は成立しない。もしそうでなければ「なんら純粋な趣味判断ではない」。美しいものとの関わりとは、僕たちの関心からそれをそれ自体として自由に解き放ち、それを判断する側もまた無関心に、そして自由にそれを享受することである。またカントはこんなことも言う。「この(美しい対象の表象)によって活動させられる認識能力は、その際自由な戯れのうちにあるが、それは規定されたいかなる概念も認識能力を特殊な認識規定へと制限することがないからである。それゆえ、この表象における心の状態は、認識一般に向けられた、与えられた表象における表象諸力の自由な戯れの感情」でなければならない。ここでもニーチェ同様、「戯れ」つまり「遊戯」という概念が重要な役割を果たしているのが分かるだろう。
とてもとても簡単にカントが言っていることを要約すると、美的判断においては僕たちの認識能力がその対象のうちで「戯れ」ているということだ。遊戯とはすべての目的や意図から解き放たれた、つまり無関心で、自由な営みである。その営みにおいてのみ美的判断が成立する。目的や意図への無関心、そして認識がその規則から自由になり戯れることによって、僕たちは何かを美しいと感じる。
さて、ニーチェは永遠回帰について始めて記した覚え書きで以下のように述べる。(できれば略を交えないで紹介したいのだけれど、長いので略をまじえながら。気になる人は白水社版ニーチェ全集(第1期)、第12巻を読んでください。)
以前ならばもっとも強い刺激で夢中にさせたものが、今ではまったく違う意味を持つ。今では単なる遊戯として受け取られ、認められる。真ならざるものの中で生として原理的には否定されながらも、形式および刺激として美的に享受され、養われる。かつては人生の重大事であった物事に対してわれわれは、小児のような態度をとる。(中略)つまり、もろもろの衝動を認識の基盤として維持しながらも、そうした衝動が認識の敵対者になる地点をわきまえていること。このような生は総体としてどの程度に居心地の良いものとなるだろうか?一個の小児の遊戯であり、そしてそれを賢者の眼が眺めていることになるろう。(中略)無関心が深くわれわれのうちに働いていなけらばならない。」(三島憲一訳)
随分とトーンは違うけれど、ここでニーチェは(たぶん)自分ではそれと気づかずカントとほとんど同じことを言っています。「もろもろの衝動」という関心が美的な享受にとって「敵対者」になるとニーチェは言っている。そして美的な享受は一個の小児の遊戯であり、僕たちは無関心な状態となっている。ツァラトゥストラの語る「子供」の「聖なる肯定」の原初の形がここにある。子供にとって世界は肯定されなければならない対象ではない。つまり世界は「肯定」という関心の下にない。子供は無関心に、ひたすら自由に遊び続ける。そのように「肯定」ということが、ほとんど意味を成さないような無関心的な肯定こそを「聖なる肯定」とツァラトゥストラは言うのだ。
ニーチェにとってニヒリズムとは何よりも「否定」であったのではないかと僕は思う。キリスト教は現世を否定し、それを苦悩とし、神の国という形而上的な世界を作り上げた。現世での苦悩は神の国での幸福を得るための試練として、譲歩つきで受け入れられるものになってしまった。キリスト教においてベクトルの矢印は現世だとか現在の自己には向けられていない。その矢印が向く方向は未来の浄土であり、未来の自己だ。そしてニーチェがその生涯をかけてやろうとしたのは、そのベクトルの矢印をこの現世に、現在の自己に向けることであり、それを肯定することだったのではないだろうか。それが「聖なる肯定」であり、そしてそこにこそニヒリズムの克服を見ていたように思う。
僕たちは理想を持ち、そこに辿り着くことを自己実現だと思っている。でも本当の自己実現とは、理想の自己になることではなく、現実の自己になることだ。もしもこの世界に価値というものがあるのならば、それは頭上の理想ではなく、他の誰でもない自己であることであり、自己であったことなのだから。
2008年2月19日火曜日
ニーチェのニヒリズム
あまり知られていないことだけれど、三平方の定理で有名なピタゴラスは、古代ギリシアにおいて秘密結社のようなものを組織し、その仲間と共に共同生活をしながら哲学や数学の研究に励んでいた、現代人の感覚からいうとかなり眉唾ものの如何わしい人であった。そのピタゴラス派の人々が考えていたことの一つにハルモニア・ムンディというものがある。宇宙には「炉」という燃え盛る炎があり、その周りを10個の天体がそれぞれ一定の間隔を保ちながら周り続け、その回る速さに応じて音響を発し、それが調和して美しいメロディーを奏でているという考えである。それがどれほど現代人に不合理に映るとしても、僕はそれはとても美しい考え方だと思うし、どこかワクワクするような好奇心すら覚える。
それに対してフリードリッヒ・ニーチェは『悦ばしき知識』の中でこんなことを言う。「宇宙運動のからくり全体は、とてもメロディーなどと呼べるしろものでないその調子を永遠に繰り返すのだ」。ニーチェはもともと古典文献学の天才として注目を浴びた人で、古代ギリシアの知識には事欠かなかったことからするに、これはピタゴラスを念頭に置いての文章であると考えて間違いないと思う。そしてここでニーチェは宇宙は美しきメロディーなど奏でていないという。それよりも「世界の総体的性格は、永遠にいつまでもカオスである」(『悦ばしき知識』)と言うのだ。僕はここでピタゴラスとニーチェとどちらが正しいかということを書くつもりはない。ただニーチェのこの言葉は、僕たちがある瞬間に感じる不安や恐怖、あるいは一種の気だるさのようなものを正確に射抜いていると思う。もちろんこれはニヒリズムの一つの形式ではある。ただこれをしてニーチェの複雑極まりないニヒリズム論のコアな部分を理解したことにはならない。
実は先に挙げた『悦ばしき知識』からの引用の「宇宙運動」というタームには、かなり長い注釈が必要となる。この「宇宙運動」という訳はちくま学術文庫版ニーチェ全集の信太正三訳に倣ったのだけれど、原文ではspielwerkとなっている。spielとは英語でplayにあたり、werkはworkにあたる。つまりこれは「遊戯の運動」という意味なのだ。もちろん信太はニーチェがピタゴラスを念頭に置いていることを理解した上で訳しているわけで、よく練られたとても面白い訳ではあるが、ニーチェの真意は少し外してしまっているだろう。この言葉の解釈はニーチェのニヒリズム論理解の上でとても重要である。
『ツァラトゥストラかく語りき』の冒頭の三つの精神の変化は有名なので知っている人も多いだろう。ツァラトゥストラは精神がラクダ、ライオン、子供へと変化するという。そしてこの子供という精神のあり方と、spielつまり「遊戯」という概念は分かちがたく結びついている。
少し長くなりそうなので続きは次回書きます。
それに対してフリードリッヒ・ニーチェは『悦ばしき知識』の中でこんなことを言う。「宇宙運動のからくり全体は、とてもメロディーなどと呼べるしろものでないその調子を永遠に繰り返すのだ」。ニーチェはもともと古典文献学の天才として注目を浴びた人で、古代ギリシアの知識には事欠かなかったことからするに、これはピタゴラスを念頭に置いての文章であると考えて間違いないと思う。そしてここでニーチェは宇宙は美しきメロディーなど奏でていないという。それよりも「世界の総体的性格は、永遠にいつまでもカオスである」(『悦ばしき知識』)と言うのだ。僕はここでピタゴラスとニーチェとどちらが正しいかということを書くつもりはない。ただニーチェのこの言葉は、僕たちがある瞬間に感じる不安や恐怖、あるいは一種の気だるさのようなものを正確に射抜いていると思う。もちろんこれはニヒリズムの一つの形式ではある。ただこれをしてニーチェの複雑極まりないニヒリズム論のコアな部分を理解したことにはならない。
実は先に挙げた『悦ばしき知識』からの引用の「宇宙運動」というタームには、かなり長い注釈が必要となる。この「宇宙運動」という訳はちくま学術文庫版ニーチェ全集の信太正三訳に倣ったのだけれど、原文ではspielwerkとなっている。spielとは英語でplayにあたり、werkはworkにあたる。つまりこれは「遊戯の運動」という意味なのだ。もちろん信太はニーチェがピタゴラスを念頭に置いていることを理解した上で訳しているわけで、よく練られたとても面白い訳ではあるが、ニーチェの真意は少し外してしまっているだろう。この言葉の解釈はニーチェのニヒリズム論理解の上でとても重要である。
『ツァラトゥストラかく語りき』の冒頭の三つの精神の変化は有名なので知っている人も多いだろう。ツァラトゥストラは精神がラクダ、ライオン、子供へと変化するという。そしてこの子供という精神のあり方と、spielつまり「遊戯」という概念は分かちがたく結びついている。
少し長くなりそうなので続きは次回書きます。
2008年2月12日火曜日
「新しい天使」と「グレート・ギャツビー」
ヴァルター・ベンヤミンの『歴史哲学テーゼ』の中に、パウル・クレーの「新しい天使」(このブログの写真に使わせてもらっている絵です)という絵に寄せた素晴らしい文章がある。僕の訳なので幾分その素晴らしさが色褪せてしまいますが、以下がその文章。
クレーの「新しい天使」と名づけられた絵画がある。ある天使がじっと見つめている何ものからか動き去ろうとしているかのような絵だ。彼の目は一点に集中され、その口は開かれ、その翼は広げられている。これこそ我々が歴史の天使として認知するものだ。彼の顔は過去に向けられている。我々が物事の連鎖を見るところに、彼は一つのカタストローフを見る。それは残骸を残骸の上に積み重ね上げ、彼の足元へと投げつけられているのだ。天使はそこに留まり、死者を、そして破壊された全てのものを甦らせたいのだろう。しかし強風が楽園から吹きつけている。それは彼の翼を暴力的に捕らえ、そのせいで天使はその翼を閉じることも敵わない。この強風は抵抗する余地もなく、彼の背中の向こうにある未来へと彼を推し進めている。そしてその一方で、彼の目の前に広がる残骸の山は高くなるばかりだ。この強風こそ我々が前進と呼ぶものなのだ。
我々の前進の背後には忘却され、破棄され、死へと追いやられたものの残骸が堆く積み上げられている。クレーの天使はその残骸を甦らせようとする歴史の天使なのだ。彼は過ぎ去り、朽ち果てたものを見捨てることができず、その再生を望んでいる。しかし歴史の天使をもってしてもそれは敵わない。彼にすら、いや彼にこそ前進という名の強風が吹き付けられ、彼にはそこに、つまりは過去に、留まることが出来ないのだ。彼は傷ついているように見える。泣いているようにも見える。クレーの絵は、そしてベンヤミンの文章は、前進(ある訳者は英語でいうこのprogressという単語を「進歩」と訳している)の持つ悲劇的な二面性を暴露している。
僕はこのベンヤミンの文章を初めて読んだとき、ある他の一文を思い出した。それはあの有名な『グレート・ギャツビー』の最後を飾る一文である。
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。(村上春樹訳)
フィッツジェラルドによるこの名文は「新しい天使」とは正反対のアイデアを示し、そして呼応している。天使は未来へと流されながら過去へと目を向けている。その反対に「我々」は過去へ流されながら前へ、未来へ向かっている。僕はこの相反する両者の関係を、「天使」と「我々」の類型の差とは考えるべきでないと思う。つまり、過去を見つめながら未来へと推されてしまう天使という類型と、未来を見つめながら過去へと戻されそうになってしまう我々という類型の差とは考えるべきではない。少なくともそこにばかり注目すると、この二つのアイデアが示す興味深い共通点を見逃してしまう。それよりも注目すべきは、この両者が共有する「停滞」の感覚なのだ。
この両者が共有するのは、自らの意思とそれを阻む大きな力との間で生じる、身動きの取れない停滞の感覚なのである。天使もそして我々も、過去へ戻ることも未来へ向かうことも「上手に」はできない。それを阻む大きな流れに逆らいながら、天使も我々も留まりたい場所や向かいたい場所を見つめているのだ。だからそれは天使と我々の不器用さの暴露でもある。
前へも後ろへも進むことが出来ないという感覚は、あるいはそれは器用にこなすことが出来ないという感覚は、僕たちを絶望と苦悩へと追いやると言ったらあまりに陳腐かもしれない。しかしその停滞と不器用さの感覚から二つの全く陳腐ではない素晴らしい作品が生まれていることは、大きな意味があることのように僕には思える。
クレーの「新しい天使」と名づけられた絵画がある。ある天使がじっと見つめている何ものからか動き去ろうとしているかのような絵だ。彼の目は一点に集中され、その口は開かれ、その翼は広げられている。これこそ我々が歴史の天使として認知するものだ。彼の顔は過去に向けられている。我々が物事の連鎖を見るところに、彼は一つのカタストローフを見る。それは残骸を残骸の上に積み重ね上げ、彼の足元へと投げつけられているのだ。天使はそこに留まり、死者を、そして破壊された全てのものを甦らせたいのだろう。しかし強風が楽園から吹きつけている。それは彼の翼を暴力的に捕らえ、そのせいで天使はその翼を閉じることも敵わない。この強風は抵抗する余地もなく、彼の背中の向こうにある未来へと彼を推し進めている。そしてその一方で、彼の目の前に広がる残骸の山は高くなるばかりだ。この強風こそ我々が前進と呼ぶものなのだ。
我々の前進の背後には忘却され、破棄され、死へと追いやられたものの残骸が堆く積み上げられている。クレーの天使はその残骸を甦らせようとする歴史の天使なのだ。彼は過ぎ去り、朽ち果てたものを見捨てることができず、その再生を望んでいる。しかし歴史の天使をもってしてもそれは敵わない。彼にすら、いや彼にこそ前進という名の強風が吹き付けられ、彼にはそこに、つまりは過去に、留まることが出来ないのだ。彼は傷ついているように見える。泣いているようにも見える。クレーの絵は、そしてベンヤミンの文章は、前進(ある訳者は英語でいうこのprogressという単語を「進歩」と訳している)の持つ悲劇的な二面性を暴露している。
僕はこのベンヤミンの文章を初めて読んだとき、ある他の一文を思い出した。それはあの有名な『グレート・ギャツビー』の最後を飾る一文である。
So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.
だからこそ我々は、前へ前へと進み続けるのだ。流れに立ち向かうボートのように、絶え間なく過去へと押し戻されながらも。(村上春樹訳)
フィッツジェラルドによるこの名文は「新しい天使」とは正反対のアイデアを示し、そして呼応している。天使は未来へと流されながら過去へと目を向けている。その反対に「我々」は過去へ流されながら前へ、未来へ向かっている。僕はこの相反する両者の関係を、「天使」と「我々」の類型の差とは考えるべきでないと思う。つまり、過去を見つめながら未来へと推されてしまう天使という類型と、未来を見つめながら過去へと戻されそうになってしまう我々という類型の差とは考えるべきではない。少なくともそこにばかり注目すると、この二つのアイデアが示す興味深い共通点を見逃してしまう。それよりも注目すべきは、この両者が共有する「停滞」の感覚なのだ。
この両者が共有するのは、自らの意思とそれを阻む大きな力との間で生じる、身動きの取れない停滞の感覚なのである。天使もそして我々も、過去へ戻ることも未来へ向かうことも「上手に」はできない。それを阻む大きな流れに逆らいながら、天使も我々も留まりたい場所や向かいたい場所を見つめているのだ。だからそれは天使と我々の不器用さの暴露でもある。
前へも後ろへも進むことが出来ないという感覚は、あるいはそれは器用にこなすことが出来ないという感覚は、僕たちを絶望と苦悩へと追いやると言ったらあまりに陳腐かもしれない。しかしその停滞と不器用さの感覚から二つの全く陳腐ではない素晴らしい作品が生まれていることは、大きな意味があることのように僕には思える。
2008年2月8日金曜日
ジョン・アーヴィング
先日ジョン・アーヴィングに会う機会があった。といっても、彼にとって僕は何百人もの聴衆の一人にしかすぎなかったわけだけれど。それでも僕にとっては長い間愛読してきた作家との、大げさに言えば、出会いだった。そしてそれはとても素敵な体験でした。
場所はマンハッタンのヒルトンホテル。AWP(Association of Writers & Writers Program)の年一回のカンファレンスが今年はニューヨークで開かれ、僕もその協会の会員として参加させてもらった。
Adelphi University創作学科のディレクターで詩人でもあるジュディース・バウメル(ジュディーのことは個人的に知っているけれど、すごく素敵な女性です)に紹介されて壇上に上がったアーヴィングは、あの『ガープの世界』を出版した時の写真同様、シャツの上からでもわかるがっしりとした体つきをしていて、顔には、僕なんかにはとてもとても不可能なくらいの、自信の表情を浮かべていた。初めて彼の写真を見た時も思ったけれど、今でも彼は小説家というよりはレスリングの選手に見えた。ガープの頃より幾分皺が増えて、白髪頭になってはいたけれど、それはやはり驚くべきことだと思う。なんといってもあれから30年も経っているのだ。
アーヴィングは幾つかの決まり文句と、冗談で聴衆を笑わせた後、自分は一番最後の文章から小説を書き始めると言った。物語の行き着く先を決め、あるいは物語のゴールに標準を合わせながら、彼は物語る。そのようにしてアーヴィングは自分の小説を自分のコントロール下に置くのだ。
何年か前にアーヴィングのインタビュー記事を読んだ時、この人はなんて頑固で融通の利かない作家なんだろうと思った。作品からそんな印象を受けたことは全くないけれど、それでも自分の小説を自分のコントロール下に置こうとする彼の頑なな姿勢には少々辟易させられたのを覚えている。僕は個人的に小説を自分のコントロール下に置くなどというのは、おこがましいことだと思っていた。三島由紀夫という作家を僕は基本的に読まないのだけれど、大学受験で出題された彼のエッセイのことはよく覚えている。そのエッセイで三島は何故自分が推理小説を好まないかということを書いていた。三島によれば推理小説家はエンディングありきで小説を書き始める。しかし小説家というのは登場人物に性格を与え、場面に流れを生み出し、その後はストーリーに身を任せなければならないということだった。小説家が自分のできること全てを行えば、後は小説そのものが作家をその小説の行き着くべき場所まで導いてくれるという論だ。その後、こちらは敬愛する、村上春樹がインタビューで、自分の書く物語がその後どういう展開をするのか分からずに、自分自身読者のような立場で小説を書くというのを読んで以来、僕は小説家の力よりも小説そのものの力を少々ステレオタイプ的に信じるようになっていた。つまり物語のイニシアチブを取るのは物語そのもので、小説家ではないと信じていた。
村上春樹のインタビューを読むと、『ねじまき鳥クロニクル』を書き始めたとき、彼の頭にあったのは、物語の始まりのイメージでしかなかったことが分かる。そしてそれこそが物語の始まり方だと頑なに信じていた僕にとって、アーヴィングの話は衝撃的ですらあった。頑固であったのはアーヴィングではなく僕のほうだったのだ(もちろんアーヴィングだって相当頑固だと思うけど)。物語の発生のしかたに決まりなどはない。自分の小説の最後の一説が実際の小説の中でどのように機能しているか、自分の小説の例に挙げながら話すアーヴィングを前に、僕は少々圧倒されてしまった。
そしてアーヴィングは彼が本当に一流の作家だと確信させるような話をしてくれた。例えば『ガープ』ならば作品の半ばまで、ガープかあるいはその母親ジェニーかどちらが物語の主人公になるか分からなかったというのだ。仮に作家が自分の物語を自分のコントロール下に置きたいと望むならば、主人公が誰になるか分からないはずがない、というのがごく一般的な意見ではないだろうか。そしてアーヴィングはそのコントロールへの固執が人一倍強い作家なのだ。しかし彼はそんな重要なことも決めないまま小説を書く。物語をコントロール下に置こうとしながらも、そしてそのために多大な労力を払いながらも、彼は物語の最重要部分を物語りに任せている。物語を信じているといってもいいかもしれない。彼は物語に自由な意思を与えている。つまりアーヴィングは決して物語の独裁者ではないのだ。
アーヴィングのこのバランス感覚の良さは賞賛せざるえない。一方で物語への力を行使しながら、もう一歩では物語に一定の、いや多大な信頼を寄せている。このバランス感覚こそ彼をして一流の小説家にしているのではないかと僕は思う。
そういう意味でやはり彼はレスリングの選手なのだと僕は思う。どんなスポーツであれ、バランス感覚ほど重要なものはないのだから。
後日談:その日同じくアーヴィングの講演に居合わせた小説家のマーサ・コーリィーは「面白い話だったけど、一番最後の文章から書き始めるなんて私は信じないわね」、と冗談交じりに言っていました。僕も今冷静に考えると、やっぱりちょっと信じがたいと思う・・・。
場所はマンハッタンのヒルトンホテル。AWP(Association of Writers & Writers Program)の年一回のカンファレンスが今年はニューヨークで開かれ、僕もその協会の会員として参加させてもらった。
Adelphi University創作学科のディレクターで詩人でもあるジュディース・バウメル(ジュディーのことは個人的に知っているけれど、すごく素敵な女性です)に紹介されて壇上に上がったアーヴィングは、あの『ガープの世界』を出版した時の写真同様、シャツの上からでもわかるがっしりとした体つきをしていて、顔には、僕なんかにはとてもとても不可能なくらいの、自信の表情を浮かべていた。初めて彼の写真を見た時も思ったけれど、今でも彼は小説家というよりはレスリングの選手に見えた。ガープの頃より幾分皺が増えて、白髪頭になってはいたけれど、それはやはり驚くべきことだと思う。なんといってもあれから30年も経っているのだ。
アーヴィングは幾つかの決まり文句と、冗談で聴衆を笑わせた後、自分は一番最後の文章から小説を書き始めると言った。物語の行き着く先を決め、あるいは物語のゴールに標準を合わせながら、彼は物語る。そのようにしてアーヴィングは自分の小説を自分のコントロール下に置くのだ。
何年か前にアーヴィングのインタビュー記事を読んだ時、この人はなんて頑固で融通の利かない作家なんだろうと思った。作品からそんな印象を受けたことは全くないけれど、それでも自分の小説を自分のコントロール下に置こうとする彼の頑なな姿勢には少々辟易させられたのを覚えている。僕は個人的に小説を自分のコントロール下に置くなどというのは、おこがましいことだと思っていた。三島由紀夫という作家を僕は基本的に読まないのだけれど、大学受験で出題された彼のエッセイのことはよく覚えている。そのエッセイで三島は何故自分が推理小説を好まないかということを書いていた。三島によれば推理小説家はエンディングありきで小説を書き始める。しかし小説家というのは登場人物に性格を与え、場面に流れを生み出し、その後はストーリーに身を任せなければならないということだった。小説家が自分のできること全てを行えば、後は小説そのものが作家をその小説の行き着くべき場所まで導いてくれるという論だ。その後、こちらは敬愛する、村上春樹がインタビューで、自分の書く物語がその後どういう展開をするのか分からずに、自分自身読者のような立場で小説を書くというのを読んで以来、僕は小説家の力よりも小説そのものの力を少々ステレオタイプ的に信じるようになっていた。つまり物語のイニシアチブを取るのは物語そのもので、小説家ではないと信じていた。
村上春樹のインタビューを読むと、『ねじまき鳥クロニクル』を書き始めたとき、彼の頭にあったのは、物語の始まりのイメージでしかなかったことが分かる。そしてそれこそが物語の始まり方だと頑なに信じていた僕にとって、アーヴィングの話は衝撃的ですらあった。頑固であったのはアーヴィングではなく僕のほうだったのだ(もちろんアーヴィングだって相当頑固だと思うけど)。物語の発生のしかたに決まりなどはない。自分の小説の最後の一説が実際の小説の中でどのように機能しているか、自分の小説の例に挙げながら話すアーヴィングを前に、僕は少々圧倒されてしまった。
そしてアーヴィングは彼が本当に一流の作家だと確信させるような話をしてくれた。例えば『ガープ』ならば作品の半ばまで、ガープかあるいはその母親ジェニーかどちらが物語の主人公になるか分からなかったというのだ。仮に作家が自分の物語を自分のコントロール下に置きたいと望むならば、主人公が誰になるか分からないはずがない、というのがごく一般的な意見ではないだろうか。そしてアーヴィングはそのコントロールへの固執が人一倍強い作家なのだ。しかし彼はそんな重要なことも決めないまま小説を書く。物語をコントロール下に置こうとしながらも、そしてそのために多大な労力を払いながらも、彼は物語の最重要部分を物語りに任せている。物語を信じているといってもいいかもしれない。彼は物語に自由な意思を与えている。つまりアーヴィングは決して物語の独裁者ではないのだ。
アーヴィングのこのバランス感覚の良さは賞賛せざるえない。一方で物語への力を行使しながら、もう一歩では物語に一定の、いや多大な信頼を寄せている。このバランス感覚こそ彼をして一流の小説家にしているのではないかと僕は思う。
そういう意味でやはり彼はレスリングの選手なのだと僕は思う。どんなスポーツであれ、バランス感覚ほど重要なものはないのだから。
後日談:その日同じくアーヴィングの講演に居合わせた小説家のマーサ・コーリィーは「面白い話だったけど、一番最後の文章から書き始めるなんて私は信じないわね」、と冗談交じりに言っていました。僕も今冷静に考えると、やっぱりちょっと信じがたいと思う・・・。
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